ひらがなの50音順を眺めていると、ちょっとした発見がある。
「あ」と「い」は隣同士。だから「愛はすぐそばにある」なんて、うまいことを言う人がいる。たしかに綺麗だ。
でも私は最近、「こ」と「い」の距離のほうが気になっている。恋は、ほんの少し離れている。すごく離れているわけではなく、この“ほんの少し”が、たぶん大事だ。
触れられそうで触れられない、その余白を埋めたい思いが恋だとすると、恋そのものを距離が成り立たせている。
一方、近くてあたたかくて安心できる愛は、近すぎてしまうと存在が空気みたいになってしまう。刺激がなくなって、時に感謝も忘れてしまうような。
これは匂いとよく似ている。
ヒノキ風呂を自宅に作って毎日入っていると、最初は感動するくらい香るのに、1ヶ月もすると香りがなくなるらしい。なんと、鼻が慣れてしまうということだった。
友達の家の匂いは一瞬でわかるのに、その家の人は気づかない、みたいな。
近くにあるものは時に背景になるのかなぁと思う。
さて、ここで問題が発生する。
私たちは香りを扱っている。
もし毎日同じ香りを使って、慣れてしまったら?
仮に恋として出会ったVintryが、いつのまにか空気みたいな存在になったら?
それはちょっと寂しい。しかしだからといって、
ずっと刺激的で強烈であり続ける必要もないと思っている。
毎日ジェットコースターだと普通に疲れる。
目指しているのは、恋だけでもなく、愛だけでもない状態。安心して毎日使える。
ときどき「あ、今日ちょっといいな」と思える。
そんな香りを選べること。
気温や体調で表情が変わったり、わずかな揺らぎがあること。完全に慣れきる前に、小さな変化がそっと差し込んで、愛のなかに恋の距離を残し、恋のなかに愛の安心を置くような。
「あ」と「い」と「こ」のあいだを、行ったり来たりできるあいこな関係。
Vintryは、そういうブランドでいたい。
香りを強くし続けるのではなく、香りとの関係を動かし続ける。
毎日がとっておきの日常で、それでいてほんの少しだけ非日常になるような、恋と愛が引き分けになるくらいが、ちょうど良い気がしている。
Writer Yuto Handa